とあるシンポを聴講してきた。なんとか現状を打破しましょうとみんなで頑張りますよの会。
日向に落ちた影の話ばかりで、日陰の中の陰の話は出てこなかった。
綺麗な花を咲かせる話ばかりで、発芽の話は出てこなかった。
閉会後にパネラーの方を直接尋ねてみた。今日話題に上らなかった問題は、噂には聞いているが手が回らないそうだ。憂慮はしているようだけど、憂慮ならみんなしてるわけで、そこから一歩踏み出す話が聞けるのかと思ってたけど、みんな私なんかとは悩みの次元が違ったようだ。
でも本当はそんなことなくて、統計上の数字にしかならないんだろう。死人に口なし。資料には表れてたけど触れられなかった。経験のところでも一言あったけど、流された。「なくなった理由はわからない」 と。結局、会場と私の興味は異なってた。
トリアージタグの議論 (ja.wikipedia.org) が言い得ていて、「軽傷者の声は常に大きく、重傷者には訴える力は残されていない。時に多くを救うには、見込みのないものを諦めざる得ないこともある。」
自助努力。それは向こう岸の言葉で、競争と共栄のバランスは難しいけど、迷えるスイマーを水泡に帰す。個のポテンシャルを信じるなら、必要なのは手助けではなくキッカケだ。そんなときには 『両腕の届く範囲でベスト』 という、アップルシードに出てきたセリフを思い出すことにしている。